一筆参上 from T-補綴. jp


◆手仕事の医療 を読んで◆
調べてみたけど結局よくわからないままにつかんでいる“もやもや”の感覚は,もやもやの落ち着けどころは?という問いを毎度お土産のように残して消えていく.繰り返していると大抵もやもやの保存状態の確認作業の様相を呈してくるが,うまく保存されていればもやもやが姿を変える瞬間に出会うことが稀にある.
 GW気分が抜けない週末,Amazonを探検していると思いがけないものが目にとまった.どうもそうらしい.時代をこえた先生の一人のことについて書いてあるらしい.
(以下本文抜粋)「技術を教えるだけなら大学なんてものはいらないよ」,「教育と言うのはね,ちょっと油断をすると権力になってしまう.考え方を強制することがある」,「現代の補綴学はちょっとさしさわりのあるいい方かもしれませんが,非常に古い学問であっても,テクニックの面が非常に広い範囲を占めていて,治療方針,臨床術式に実証的根拠が少なく,経験的なものが多い.・・・科学的な考え方の上では,やはり証明されていない点が多いと言えます.したがって正しい補綴物を作ろうとすれば,診断の点でも,設計の点でも無限に疑(ママ)が出てきて,わけがわからなくなってくるし,教えることもできない.それでも何とかやって行かなくてはならない.」
 大学院卒後に昭和37年の歯科時報の連載を目にしてから遺された文章を集めてきた.もやもやの根っこが束ねられて言葉になっているからだと思う.直接書かれたものではなかったけれど今回もそれに近い気持ちで手に取った.仮に前書きや後書きにあたる章があったならどんな事が書かれていたのだろうか.そしてこんな私の横で学生は手仕事の医療をとおして何を感じているのだろうかと.
(矢儀)