一筆参上 from T-補綴. jp


「離岸流」

 子どもの習い事ランキング第1位は男女問わずスイミングなのだそうです. 私は瀬戸内の小さな島で育ち,小学校にプールが無かったため,泳ぎは海で覚えました.今年の夏泳げなかったら次のレッスンは1年後,という季節限定スイミング教室,コーチは父でした.
 先日大河ドラマで,浜名湖の水泳チャンピオンが,顔を水面上に出した「片抜手,一重伸し」で泳いでアントワープオリンピックで惨敗したお話が出てきました.この「顔を付けずに泳ぐ」という日本古来の泳法は,海や川の水の動きに合わせた泳ぎ方で,「プールでクロール」とはまた違った味わいがあります.流れに逆らわずに周りの状況を確認しながら泳ぐ実践的な泳ぎとも言え,武術として発展した側面もあるようです.私もクロールより前に,顔を水に浸けない立ち泳ぎや横泳ぎ,抜き手を覚えました.立ち泳ぎは読んで字のごとく,その場で立った状態で静かに浮かび続ける泳方で,足で円を描くような巻き足で泳ぎます.シンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)でもおなじみでしょうか.これは基本の基でした.また,正確な名前はわからないのですが,横向きで顔を水面に出し,左右の手をそれぞれ頭と足方向に抜いて(おそらく抜き手),足は平泳ぎ,という泳法があり,随分小さい頃からこれでふにゃふにゃ泳いでいたのを覚えています.この横泳ぎは,体力を使わず長時間泳ぎ(浮かび)続けられる上に,周囲を常に確認できるので,何かの拍子に沖に流されたときに役に立つのだと教えられました.たとえば海で離岸流に巻き込まれると一気に沖まで連れて行かれるのですが,その際に焦って戻ろうと岸に直角に向かえば向かうほど沖に引っ張られます.こういうときは慌てずに,この横泳ぎで岸と平行に泳いでいれば,いずれ離岸流から脱出できて自然と岸にたどり着くのだそうです.
 さて,我が家のスイミング教室では,浅瀬である程度泳げるようになると,脇に抱えられて沖のブイまで連れて行かれます.大概の遊泳場には「これ以上沖に行ってはいけない」というブイが浮かんでいますが,そこまで連れて行かれて父が岸に着くまで立ち泳ぎで待機,向こうから合図にタオルを振ったらヨーイドン,必死で岸まで泳ぐのです.ブイから岸までは声が聞こえない程度に離れていたので,途中で疲れて沈んでしまうとどうしようもないのですが,特に何の疑問も恐怖心もありませんでした.一夏に何度も何度もこれを繰り返して,しっかりと泳げるようになったのだと思います.伯父が島の反対側の海水浴場に連れて行ってくれたことがあるのですが,漁船に乗せられ,陸路ではなく海路で海水浴場に到着,海岸に近づきすぎると他の遊泳客もいて危険ですので,ブイが浮いている辺りのほどよい沖合でドボンと放り込まれ,岸まで行って遊んでこいと言われました.我が子どころかよその子(親戚ですが)に堂々とこんなことをして,沈んだらどうするのかと思いますが,獅子の子落とし,島の水練,実際何事もなく岸まで泳ぎついて海水浴を楽しみ,帰りは逆に船まで泳いで連れて帰ってもらいました.
 それから20年以上たち,私はサンディエゴの沖に流されていました.楽しくボディーボードをしていたはずが,気がついたら岸からかなり離れた沖合で,周りはまばらにサーファーしかいない,ボディーボーダーが来てはいけない場所に流されていたのです.あらら,と思って岸に向かって進もうとするのですが,意思とは逆に沖にどんどん運ばれていきます.離岸流に巻き込まれたのです.瀬戸内と違い,太平洋にぱかーんと開いた海の引きは猛烈に強く,妙に冷静に,自然に対して人間の力というのは無力なものだな,と思ったのを覚えています.そしてまたしても気がつけば,真っ赤なビキニを着たライフガードのお姉さんが隣にいて,そのままレスキューされました.サーフボードの上に乗せられて岸に連れ帰ってもらいながら,横泳ぎで海岸と平行に進んでみたかったな,とも思ったのでした.(渡邉)