一筆参上 from Tー補綴.jp


ぼんやりしています

 コロナのおかげで何処にも行けず、家でぼんやりする生活が1年以上続いています。先日ぼんやりと広瀬中佐のことを考えていたのですが、そう言えば詩吟で「杉野、杉野」というところはどんな感じだったかな、と検索してみると、便利な世の中ですね、YouTubeに動画がありました。もとの漢詩は鈴木豹軒によるもので、書き下し文と見比べながら、頭の中でレ点だの一二点だのを付け足すのは、引きこもりで腐りかけた脳の活性化によさそうです。
 古文漢文は必要ないから選択科目にしてはどうか、と、某掲示板サイトの元管理人が言ったという記事を少し前に読みました。「古文・漢文は、センター試験以降、全く使わない人が多数なので、『お金の貯め方』『生活保護、失業保険等の社会保障の取り方』『宗教』『PCスキル』の教育と入れ替えたほうが良い派です」とのことです。読みながらミルコ・クロコップのミームが頭に浮かびましたが、こういうすぐに役立つ学問が今後ますます優先されていくのだろうな、と感じました。ふと思い出したのは、春風亭柳朝が「10代で覚えた噺は忘れないから若いうちにたくさん噺を覚えろ」と弟子に言ったという話。確かにうんと若い頃に覚えたこと、流行歌やCM、教科書に出てきた一文、化学記号の語呂合わせなどなど、一節聞くと、あとはつらつらと出てきます。冒頭の広瀬中佐に至っては園児の頃に聞いていた詩吟です。高校生なんて人生の中でまだまだ脳みそゴールデンタイムだと思うので、記憶する力が優れているうちに、将来役に立つかどうかを超えていろいろなことを学んで覚えてみるのは、年を経て思考が後ろ向きになったときの慰めになるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
 そんなことを考えている現在、もはや新たな知識はなかなか定着しません。見事に右から左へ超特急で吹き抜けていきます。そこで、脳の腐敗防止チャレンジとして百人一首を覚えてみようと思いたちました。例の漫画も読んでおらず、百人一首といえば坊主めくりしかしなかったくちですが、今のところ落語に出てくる歌は覚えています。万葉集から採られた歌もたぶん大丈夫。では残りは何首?と、いそいそと関連本を購入しました。なぜこんなことを書いているかというと、実は先ほど、そういえばそんな本を買ったなと思い出したのです。
 先月、今月と怒濤の展開で、気がつけば、半年くらい先だろうと思っていたこの一筆参上の順番が回ってきていたので慌ててここまで書いたのですが、世の中も怒濤の展開で、いつの間にやらコロナの情勢が落ち着いているようです。職業柄ある程度自制するのは仕方がないことですが、この小康状態、せっかくですので「書を捨てて町に出よう!」、マスクをして人混みのない、どこか空気のきれいな山城に行ってみようと思います。百人一首はその後で(そしてこの決意を忘れるまでがお約束)。

渡邉 恵

写真は二本松城址から望む安達太良山 in 2018