補綴歯科は、冠や義歯を作ることが仕事であり学問と理解されやすいが、歯や口腔顎顔面の欠損や異常に伴う口腔の機能と形態を回復、維持するのが本質である。従って、オーケストラでは,コンサートマスターみたいな存在であり、大工や工芸の世界では親方、頭領に相当することを伝えている。つまり、様々な個別の治療を最終的に調整し、患者の口腔のQoLを向上させ、満足させることを担っているのが補綴歯科であることを認識させ、以下のことを目標としている
➀ 歯や口腔顎顔面の欠損や異常に伴う口腔の機能と形態の問題点を把握し、それらを改善する際の優先順位を設定する能力を高めること(症例分析能力)。
➁ その問題点に対する解決手段を提示し(達成すべき目標、どうやって達成するかの方略の設定)、それを実行できる治療能力を修得すること(具現化のための器材の選択、具現化する診療技術の修得)。その中で、歯科技工は、臨床を映す鏡であり、臨床能力を向上させるためには欠くことのできない研修事項であること。
➂ 臨床結果を評価し、改善につなげる能力を高めること。
④ 過去、現在,そして新規の治療法とその材料を常に批判的な目で吟味し、選択、修得、あるいは改善することを心掛けること。なぜそうするのか、なぜそうなるかを常に考えること。
補綴歯科治療、とくに有床義歯では曖昧なこと、try and errorが多いと言われる。治療結果に関係する因子は多く、それを取捨選択し,患者の満足する形態と機能を改善し、中長期的に維持することは易しくはない。「木を見て森を見ず」という言葉は、有床義歯に臨む若い歯科医にぴったりと当てはまる。しかし、有床義歯を含めた補綴歯科は、上記の①~④の能力を深めることによって、診断、治療方法は絞られ、明確である状況だと信じている。補綴の泰斗であるGysi先生の座右の銘はゲーテが言った「考える人間の最も美しい幸福は、究め得るものを究め、究め得ないものを静かにあがめることである」であった。究めていくことの努力は重要であるが、すべてをデジタルあるいは論理で判断していくと必ずしもいい結果になるとは限らない。究め得ないものは静かにあがめるのを「曖昧に考える力を持って対応していく」に書き直せるのではないかと考えている。まさしく、多因子を分析する力は、「曖昧に考える力」を必要とする。
以上のような考え方で、当教室では学部教育では上記の事項を理解すること,卒後研修ではその実践の雰囲気に触れ、理解を深めること、大学院生、教室員にはそれらを確信し、能力向上の努力をすることを指導している。